DATE:
2008/11/21(金) 22:55
CATEGORY:
DATE:
2008/02/15(金) 10:10
CATEGORY:
雑記
(長文及び重く暗い内容の為受け付けない方はスルーしてください)
6年前にその女性と知り合った
場所は松本(長野県)
当時彼女は人妻だった
旦那はかなりの暴れん坊でその暴力は彼女の体に毎日刻まれていた
DVなど珍しくないのかもしれないが当時の私は多大なショックを受けた
なぜ殴られるのを承知で毎日その旦那の元へ帰るのか・・・
今でも理解はできない
ある日、彼女の友人から相談を受けた
一言で言えば夜逃げだ
まず本人と話して彼女自身が本当にどうしたいのか確認するつもりだった
あまかった
彼女はすでに身も心も衰弱しきっていた
取り敢えず入ったファミレスの冷凍ハンバーグを彼女は美味しいといって食べた
朝までそのファミレスで時間を潰した
正直なところ私にどうにかできる問題ではなかった
今思うと「なんとかしてあげたい」というより「勘弁してくれよ」という気持ちのほうが大きかった
その気持ちは多分見透かされていたのだろう
結局私は何も出来ず彼女の
「大丈夫、別に悪い人じゃないの。私がバカなだけだから」
という訳の分からない言葉を勝手に救いの言葉と解釈して「なにかあれば連絡しろよ」となんの救いにもならない社交辞令を残してその場を離れた
その後彼女とは連絡も取り合っていない
彼女と話したのだってそのファミレスの最期を合わせても3回だ
一昨日、彼女の姉を名乗る方から連絡があった
彼女が先月亡くなったことを知らされた
29歳という若さだった
彼女の遺品から私の当時の名刺と10年余りでA4ノート2冊に満たない日記に記されたファミレスでの食事の文を見つけて私を探し出したそうです
昨夜線香をあげに松本に行きました
葬式はかなり淋しいものだったようです
幼いときに両親を無くし姉妹二人親戚に預けられて育ったこと、3年前に離婚したこと、子供は出来なかったことなど聞かされた
彼女の姉も高校を卒業後大阪で就職をしその後彼女とは疎遠になっていたそうだ
あの子の日記です
と手渡されたA4ノート2冊
最初のページは平成8年の7月、友人の誕生日会のことが書いてあった
その日の日記は日記初日らしく「この日記にはおばあちゃんになってから楽しかった日々を読み返せるように毎日の楽しかったことを書き留めていきます!」と記されていた
1時間ほどで目を通し終えた
途中からは涙で本当に文字が霞んだ
本当に楽しそうに・・・
本当に楽しそうに彼女の日々のできごとが綴られていた
帰り際
「あの子、幸せを感じたことはあったのでしょうか?」
の問い掛けに
「幸せだったと思いますよ」
と気休めにもならない言葉を残して松本をあとにした
なにを言いたいというわけではない
自分でも何書いているのか分からなくなっているが
さいごに
こころよりご冥福をお祈り申し上げます
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